道祖神のふるさと

下町大好き。ふるさとにかえりたい。

少なくとも、「長生き=幸せ」ではない気が

長生きすることは、本当に良いことなのか?親の介護で未来を奪われる若者たち|社会貢献でメシを食う。NEXT 竹井善昭|ダイヤモンド・オンライン

私も子供が生まれたので余計にそう感じるようになってしまったのかもしれませんが、「若者の未来を奪うくらいなら、僕は死んだほうがマシ」という元記事内の意見には、本当に心底同意します!
というか、やっぱり普通に考えて、健康寿命を超えて生きること自体がそもそもナチュラルじゃないし、「本人が生きたいと望んでいて」、かつ「家族も生きて欲しいと望んでいて」、かつ「当人が人間的に優れていて、街中で反社会的なことなどはしない」という三点を全て満たさない限りは、QOL度外視で寿命だけをひたすら伸ばすような措置はすべきではないのでは...と思います。正直、狭い歩道でベビーカーを押しのけて自転車で爆走している80歳くらいのじいさんとか見掛けますと、「私はキサマのために社会保険料払ってるわけじゃない!」と絶叫したくなったりしますし。
なので、「将来的に自分自身に実施して欲しい案」としては、「原則、健康寿命を目安としての安楽死実施。ただし場合によっては延命の可能性あり」という案をお願いしたいです。自然の摂理に反して寿命を無理矢理伸ばすから、社会保障財政の枯渇などの問題が発生してしまうので、健康寿命が終わる70歳くらいで強制的に安楽死施設送りにするのが原則(※ただし、対象者が道徳心に溢れており、若者に過剰な迷惑を掛けずに共生が可能なら、施設送りは5年延期)。先の予定が見えるので、人生も充実させることができそうだし、どうしても安楽死を回避したいなら、普段の生活態度を改めて反省する必要があるので、いわゆる「暴走老人」の増加の抑制にも繋がりますし。ただし、年金支給開始は60歳からに前倒しし、安楽死施設送りまでは、手厚い医療でQOLの向上に努める。「太く短く」を狙った施策となります。
上記はあくまで、自分に実施して欲しい施策案ですが、やはり次世代への過剰な負荷を低減させることを意識した議論は、世代を問わずガンガンすべきだと思います。特に社会の害悪・暴走老人なんざに社会保障費を使うのは本当にもったいないですよ。
しかし、私も既に37歳、江戸時代なら恐らく棺桶に片足を突っ込みつつある年齢ですので、最近は「あー、あと何回正月を迎えられるのか...」などと思うこともしばしばです【早いですかね?】。是非はさておき、死に方を早めから意識しておく、というのも重要じゃないかな、などと思ってしまうのですが!